最終更新: 2026年6月

大手法人向け新規開拓とは、スイッチングコストや決裁フローの複雑さを踏まえた設計で受注率と行動量を同時に改善する営業手法です。

大手法人向けの新規開拓には、中小企業向けとは根本的に異なる難しさがあります。他社ツールをすでに導入しているためスイッチングコストが高く受注率が低下しやすい・決裁フローが複雑で意思決定者に直接アプローチできない・受注までのリードタイムが長くなる──この3つの壁が重なると、達成率の停滞が続く状態に陥ります。スクリプト構築からKPI設計・仮説検証まで一気通貫で支援する株式会社プロセルトラクションにて準MVP賞を受賞した担当者の実践事例から、スイッチングコストが高い大手法人セグメントへの新規開拓で達成率を右肩上がりに改善する手法を解説します。

1. スイッチングコストが高い大手法人向け新規開拓が難しい3つの理由

大手法人特有の構造的な障壁

セキュリティ教育系SaaS業界の大手法人向け新規開拓を担当するにあたって、以下の3つの構造的な問題が重なっていました(プロセルトラクション実績, 2024年度)。

問題1:他社ツール利用によりスイッチングコストが高く、受注率の低下が予測された

大手法人はすでに何らかのツール・サービスを導入していることが多く、新規に切り替えてもらうためには、現在使っているものと比較してどれだけ優位性があるかを明確に示す必要があります。既存ツールとの差別化ポイントを相手の業務状況に合わせて説明できなければ、「今のままでいい」という返答で終わります。

問題2:決裁フローの複雑化により、意思決定者へのアプローチが困難

中小企業であれば担当者イコール決裁者であることが多いですが、大手法人では担当者・上長・情報システム部門・経営層など、複数のステークホルダーが意思決定に関わります。最初のアプローチ先が担当者レベルにとどまると、その先の決裁プロセスに入れないまま案件が止まるケースが発生します。

問題3:受注までのリードタイムが長期化し、行動量の設計が難しい

大手法人は検討プロセスが長く、アポイントから受注まで数ヶ月かかるケースもあります。短期的な行動量だけを追うと、パイプラインの状況と実際の受注見込みにズレが生じ、月次の目標管理が機能しにくくなります。

2. 受注率を上げるための「顧客現状の深いイメージ化」

なぜ「顧客の現状を知る」ことが受注率向上につながるのか

スイッチングコストが高い相手に対して受注率を上げるためには、相手の現状を「表面的な情報」ではなく「業務レベルの具体的なイメージ」として把握することが不可欠です。

「御社では現在どのようなツールをお使いですか?」という確認だけで終わっている状態では、相手の業務の中でどんな問題が起きているか・何に不満があるか・どんな条件が揃えば切り替えを検討するかが見えません。

顧客の現状を深くイメージするために把握すべき6つの要素:

  • 使用ツール:現在何を使っているか・どのような機能を使っているか・使っていない機能はどれか
  • 関わる人:そのツールを使っているのは誰か・部署は?・担当者は何人いるか
  • 人の動き:どんな業務フローの中でツールが使われているか・使うタイミングはいつか
  • 報酬形態・行動原理:担当者はどんな指標で評価されているか・何を達成することが担当者のメリットになるか
  • リスク・損失:現状のまま続けることで何を失うか・切り替えをしないことのリスクは何か
  • 意思決定の構造:誰が最終的な意思決定をするか・どんな情報があれば上申できるか

この6つの要素を把握することで、「この担当者が切り替えを決断するためには何が必要か」「どの切り口で話せば関心を持ってもらえるか」という仮説が立てられます。

顧客現状のイメージ化を商談・架電に活かす

顧客の現状をイメージした上で架電・商談に臨むことで、トークの内容が根本的に変わります。

「弊社のサービスはこんな機能があります」という説明ではなく、「御社では現在○○の業務でこういった状況があると思いますが、その場合に○○という問題が起きやすいですよね」という形で、相手の業務状況に即した会話ができます。

相手の立場から見ると、「この担当者は自分たちの状況をわかった上で話している」という印象を受け、信頼感が生まれます。この信頼感が、「少し詳しく話を聞いてみよう」というアポイントへの転換を促します。

顧客現状イメージ化の商談での活用:

  • 事前調査で仮説を立てた上で「こういった状況ではないですか?」と確認する
  • 担当者が「そうなんです」と返答した時点で課題を深掘りするヒアリングに入る
  • 課題の深刻さ・損失の大きさを担当者と一緒に確認し、切り替えの必要性を認識してもらう

3. アポイント獲得数を確保するための「限界行動量」の算出

パイプライン管理では大手法人の行動量設計が機能しない

大手法人向け新規開拓において、「パイプライン(商談進行中の案件数)で行動量を管理する」というアプローチには限界があります。

中小企業向けであれば、パイプラインの件数と週次のコール数を連動させることで行動量を設計できますが、大手法人は1案件のリードタイムが長いため、パイプラインに案件が積み上がっても実際の受注にはすぐ繋がりません。この状態で「パイプラインに案件が入っているから今月も大丈夫」という判断をすると、月末に成果が出ていないことに気づいてもリカバリーできません。

「限界行動量」の考え方

大手法人向け新規開拓での行動量管理に有効なのが「限界行動量」という考え方です。

限界行動量とは、「1日・1週間の中で物理的に実行可能な最大のアクション数」を基準として行動量を設定するアプローチです。「今月のパイプライン状況を見て今日の架電数を決める」のではなく、「今日の稼働時間の中で最大限できるコール数は何件か」を基準にして日次の行動量を設計します。

限界行動量の算出手順:

  1. 優先順位の設定:架電リストを「アポ化確率」と「受注インパクト」の2軸で分類し、優先度が高い先から順番に架電する順番を決める
  2. 1コールあたりの平均時間の把握:自分の架電パターンで、1コールに平均何分かかるかを測定する。移動・準備時間も含めた実態値を把握する
  3. 稼働可能時間から限界コール数を算出:「今日の架電可能時間 ÷ 1コール平均時間 = 今日の限界コール数」として日次の目標を設定する
  4. 残リストの枯渇タイミングを予測する:現在のリスト件数と1日あたりのコール数から、「何日でリストが尽きるか」を把握しておく。枯渇前にリスト追加・リスト精度向上の手を打つ

4. リストの徹底調査が行動量の精度を上げる

「架電する前」の調査が1コールの成果を変える

限界行動量で最大のコール数を確保しながら、1コールあたりの接続率・アポ転換率を上げるためには、架電前のリスト調査の精度が重要な役割を果たします。

大手法人への架電で生じる最大の無駄は、「繋がらない先に架電してしまうこと」と「担当者ではない人に繋いでもらって即断りになること」の2つです。これらを減らすことで、限られた架電時間の中での有効接続数が増えます。

架電前のリスト調査で確認すべき3点:

  • 電話番号の確認:リストの電話番号が最新か・代表番号か直通番号か・営業時間の確認
  • 部署・担当者の種別の確認:架電先の部署が自社サービスと関連する部署かどうか。関連する部署が特定できれば、受付での「○○部の担当の方に繋いでください」という指定が可能になり、接続率が上がる
  • 過去のアプローチ状況の確認:過去に架電済みの場合、その結果(断り理由・担当者名・接続可能時間帯)を確認した上で架電する

この3点を事前に確認するだけで、「架電してみたけど繋がらなかった」「キーマンではない人に繋がってしまった」という時間のロスを大幅に削減できます。

5. 達成率を右肩上がりにした実践成果

3Qで月次達成率が継続的に向上

SaaS業界の大手法人向け新規開拓において、「顧客現状の深いイメージ化」と「限界行動量の算出」を組み合わせた取り組みの結果として、以下の成果が実現しました(プロセルトラクション実績, 2024年度)。

3Qの月次達成率の推移:

  • 10月:目標比142%
  • 11月:目標比175%
  • 12月:目標比208%
  • 3Q平均:目標比175%

3Q開始時点では、大手法人セグメントでの受注ノウハウが社内に蓄積されておらず、既存の中小企業向けのアプローチをそのまま使っても通用しない状態でした。「顧客の業務状況を深くイメージした上での商談設計」と「限界行動量を基準にしたアポイント獲得活動」を組み合わせることで、月を追うごとに達成率が向上し、3ヶ月間で右肩上がりの改善を実現しました。

チームへのナレッジ展開

担当者個人の成果だけでなく、「大手法人向けに有効なアプローチパターン」「リスト調査の具体的な手順」をチームに展開することで、組織全体の大手法人セグメントでの成果向上に貢献しました。

新しいセグメント・新しいサービスへの取り組みでは、最初に成果を出した担当者のナレッジを早期に組織に広げることが、チーム全体の立ち上がりを早めます。

よくある質問

スイッチングコストが高い相手にはどのような切り口で提案すればよいですか?

まず相手の現状を「使用ツール・関わる人・業務フロー・評価指標・リスク・意思決定構造」の6要素で把握し、現在のツールでは解決できない課題やリスクを具体的に示すことが有効です。「今のままでは○○のリスクがあります」という形で、切り替えをしないことの損失を可視化して提案に臨みます。

限界行動量はどのように算出すればよいですか?

「今日の架電可能時間 ÷ 1コール平均時間 = 今日の限界コール数」で算出します。1コールの平均時間は移動・準備時間も含めた実態値を使います。パイプラインの状況ではなく、物理的に実行可能な最大のアクション数を基準にすることがポイントです。

架電前のリスト調査にはどれくらい時間をかけるべきですか?

1件あたり2〜3分を目安に、電話番号の最新性・関連部署の特定・過去のアプローチ状況の3点を確認します。調査に時間をかけすぎると架電数が減るため、「繋がらない先への架電を減らす」という目的に絞って確認することが重要です。

大手法人向けの新規開拓でリストが枯渇した場合はどうすればよいですか?

限界行動量の算出時に「残リストの枯渇タイミング」を予測しておくことで、枯渇前にリスト追加やリスト精度の向上に手を打てます。既存リストの中で過去にNGとなった先への再アプローチも、時間をおいて状況が変わっていれば有効な手段です。

まとめ──スイッチングコストが高い大手法人への新規開拓は「設計」から始まる

大手法人セグメントへの新規開拓で達成率を右肩上がりで改善するための実践手法をまとめます。

受注率向上のための顧客現状イメージ化:

  • 使用ツール・関わる人・人の動き・報酬形態・行動原理・リスク損失の6要素を把握する
  • 把握した現状を基に「切り替えを決断するために何が必要か」を仮説立てして商談に臨む
  • 担当者の業務状況に即した会話ができることで、信頼感とアポ転換率が上がる

アポイント獲得のための限界行動量の算出:

  • パイプラインではなく「今日の稼働時間で最大何コールできるか」を基準に行動量を設定する
  • リストを「アポ化確率」と「受注インパクト」で優先順位付けし、高優先度から架電する
  • 電話番号・部署種別・過去アプローチ状況を架電前に確認し、有効接続率を上げる

リスト調査の徹底:

  • 最新の電話番号・代表か直通かを確認する
  • 関連部署を特定して指定できるようにし、受付突破率を上げる
  • 過去の結果(断り理由・接続可能時間帯)を確認した上で再架電する

これらを組み合わせることで、「大手法人は難しい」という状況から、月を追うごとに達成率が向上する構造を作れます。

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この記事の執筆者

長谷川 裕樹(はせがわ ゆうき)
株式会社プロセルトラクション 代表取締役

リクルートにてSMB〜エンタープライズの新規開拓・ソリューション営業・マネジメント・営業企画を経験後、新規事業責任者としてBtoB新規事業横断セールス統括を歴任。複数事業のセールス・マーケティング組織およびCSチーム立ち上げを経て、2018年コムレイズ・インキュベート設立、2021年プロセルトラクション設立。100を超えるBtoB新規事業のセールス・マーケティング支援実績を持つ。